女性の自己不全感

心理学で自他を知る

キャリアウーマンでも、専業主婦でも、「わたし本当にこれでいいのかしら」という女性が多いということを、わたしは12年間のセラピスト生活を通じて知った。

羨望のリッチな専業主婦でも

女性としての成功、勝ち組リッチマンとの結婚を果たし、豊かさを享受する生活をしていても、どこかに残る後ろめたさ。それは社会との関わりがないことの焦り。子育てが終わったあとに一体何をすればいのだろうか。

もちろん旅行やお洒落、たくさん楽しめることはあるけれど、自分が何か不十分なのではないかという気持ちが拭えないのは、自立心に起因したものではないか。誰かに帰属した存在であるということに、健全な自尊心が養われなくなるのかもしれない。

仕事をしていても気になる家庭のこと

男性と肩を並べて仕事をしていても、家庭を犠牲にしているのではないかと迷い、子供に十分なことができていない悪い母親なのではないかと逡巡する。

経済的には自立をしているけれど、ちょっと後ろめたい気持ちが残る。

子供を産まない選択をした女性にも残る後めたさがある。若い頃には見えなかった命を繋いでいくという行為の尊さ。親が亡くなり、早く亡くなる友人を目の当たりにして、なくなる命と引き換えに生まれる命があって繋がっていくことで人は安心感を抱くことを知る。

一方の自分は取り返しがつかない選択をしてしまったのかもしれない、何かが片手落ちのような気がしてならない。

必要なのは自己肯定

どんな状況でも、不足をみつけられるし、自分を責める材料になりえる。

自分の人生をこれでいいのだ、と割り切れるために、自己肯定をするしかない。

けれど外部の許可を求めたくなる。自分ではない正しい誰かや、大いなる声に耳を傾け自分は大丈夫なのかと聞いてみたいとスピリチュアルに傾倒する女性は多い。

一方を選べば一方は選べないという覚悟が必要なのは、わかっているけれどその選択にも自信が持てない。いやもってはいけないような気がする。

自分は何をする人で、何を優先したいのか、思考と感情と行動が一致していることが少ないから迷い続ける。

誰かが、素晴らしいと褒め称えても、あなたの感情がNOと言っていれば、それはNOなのだ。

感情だけでも片手落ち、自分がどうしていくか可能性を並べて理性的に取捨選択をしたあとに出てくる感情をみて、OKならそれを選びとる行動をとる。それが大人の選択であり、行動だ。

そうしたら自己一致し、自己肯定が進んでいく。

うまくいくと分かっているからやるのか

誰かに許可を出してもらうことと近いのが、失敗しないことをやるということ。

褒められたり、人よりうまく出来て、結果も出そうだから取り組むのであれば、それは他人の許可を求めてることと同等であり、言い訳のできる選択になる。けれど同時に人から動かされやすい人生になる。

人から反対されても、うまくいきそうになくても、やりたければやればいい。その替りその先の人生の責任は自分にかかってくる。成熟した大人の人生とはそういうものだ。

そうして、自分の人生に責任をとることで自信とプライドが持てる人生になっていくのだから、自分の足で立つために自分で決めよう。自分の選択に責任と自信をもとう。

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